抽象性と具体性
人はつねに、具体性を優先して求める傾向にある。

実生活が具体的であるがために
致し方ないことかもしれないが、
そもそも具体的な事物(ジブツ)も
たくさんの抽象性が集まって成り立っている。

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例えば…

演奏における技術は、具体性である。
技術によって表されるのは、抽象性である。

同じように
手工藝の技術は、具体性であるが
その技術によって出現するのは、
あきらかに抽象性の『風合い』であったり、
『心地』であったり、『良さ』であったり。

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抽象性と具体性を、車の両輪のようなものだと考えれば、
どちらが欠けても、用は為さない。
バランスが欠けても、用は為さない。

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抽象性と具体性のバランスとは、いかなるものか?

命の存在は抽象的であるが、
具体的な肉体によって
その生存が確認できる。

命のために肉体があるのであって、
肉体のために命があるのではない。
『抽象性のために、具体性を役立てる』
これが二者のバランスである。

とは言うものの
そもそも抽象性と具体性は、
その性質が大きく異なるために
同じバランス(秤)に乗せられるものではない。

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『高度な技術があれば、何でも出来る』とは、
極めて危険な考え方である。
抽象性である『美しさ』を求めるための技術(具体性)でなければ、
毒性をも併せ持つことを、知るべきである。

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注)
ここでいう抽象性と具体性は、
抽象芸術・具象芸術などではないことを断っておく。
抽象芸術の優位を言っているのでもない。

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# by mixturamusic | 2017-06-02 11:26
命に直結した判断
数年来、我が家は毎年手前味噌である。
このところ、自家栽培のお米から麹を育て、
友人の作った大豆で仕込んでいる。

妻から、
水分量とか塩分とか、何か変えてみたい事はあるか聞かれ、
去年と同じでいい、と応えた。

こういう味覚について、自分はかなり寛容だと思う。
ただ「美味しければいい」と思う。
美味しいものに対しては、
極力自分の好みを前に出さないことにしている。

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知らない土地に行って、そこで出された郷土料理が、
自分の口に合わないときには、
自分の味覚には、この新しい美味しさを受け入れるだけの容量がない、
と思う事にしている。
そして出来る事なら、
あと複数回、別の機会に食べてみる。

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ものごとを正しく判断するためには、
普遍的な判断力を磨いておかなければならない。
磨いておくと言うよりも、
ニュートラルな状態にしておくことが好ましい。

人間には、
個人としての好き嫌いが必ずつきまとうので、
ことさらそれを強調するより、
極力それを抑えておいた方が、
より自然な判断ができるはずである。

好き嫌いを優先して判断すると
自分勝手な結果になりやすい。

それでは何を判断の基準にするか……

それは「命と直結しているかどうか」である。

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真の美味しさは、命に直結した美味しさである。
その美味しさは、「ただ美味しい」としか言いようがない。

それは何の分野でも同じこと。
音楽でも絵画でも文学でも。

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フォルクローレは自由な音楽である。
演奏者に、多くの判断が委ねられている。
その判断には、(形式上の約束事を除いて)狭義の正誤は存在しない。
ただ、命に直結しているか否かが問われるのみである。

「私にそんな判断が出来るでしょうか?」
ある生徒さんの問いに、
「日々の暮らしが真っ当であれば、誰にでも正しい判断ができるでしょう。
一人ひとりの判断がそれぞれでも、真っ当な暮らしが反映されていれば、
それはすべて正しい判断だと言えるのです。」
と応えた。

命に直結した判断を、電光石火で下せるように、
日々の暮らしを、美しく調えたいと思う。

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# by mixturamusic | 2017-05-07 23:30
こんな世界に住んでいる
新聞の見出しが騒がしい。

教育勅語やら、自己責任やら、
呆れてばかりいたら
今度は化学兵器に、トマホーク。

愚かなのか、幼稚なのか…

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命の重さを顧みず、
地位と名誉にしがみつき、
金欲、物欲に目がくらみ、
見えているはずのものにも、
聞こえているはずの声にも、
自らを閉ざしてしまう人たちよ…

なぜ私たちはこの時代に、
この世に生を受けたのか?
なぜ地球は自ら回転し、
太陽の周りを回るのか?
これらのことを
少しだけでも
考えてみたことがありますか?

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私たちは、
こんな世界に生きている。
いや私たちが、
こんな世界にしてしまっている。

こんな世界に生きる私たちだからこそ、
こんな世界でなくする事を、
ひとりひとりが
まじめに考えねばならない。

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# by mixturamusic | 2017-04-08 19:21
SUNDAY SPICE CURRY
蒲郡の実家に帰る度に、
楽しみに立ち寄るカレー屋さんがある。
いつも美味しいカレーを作ってくれる島田くんに、
先日、こんな手紙を書いて送った。

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 先日も、美味しいカレーを堪能しました。蒲郡に行く日程を考える時、『サンデー・スパイスが休みでない』というのも、ひとつの条件です。

 美味しいカレーをいただきながら、考えた事がありました。

 一般的にレストランでは(食堂でも、ラーメン屋でも、うどん屋でもいいのですが)、シェフが腕に縒りをかけた料理が出されます。そのレシピは、研究され、工夫され、その時点では、ある意味完成されたひと品です。シェフは自信を持って、そのプレートを提供し、お客もそれを望んで行くわけです。『美味しさ』という事を真中において考えると、シェフとお客の間には、主従関係(立場の高低差)が生じます。料理を提供する側から味わう側へと、美味しさは流れるのです。
 その高低差をフラットにするのが代金です。味わった料理の美味しさが、その代金と釣り合いが取れているかどうかで、客はまたその店へ行くかどうかを判断します。料理人は、再び訪れたお客に、その記憶の中にある美味しさを再現し、それを味わったお客は「うん、うん、この味、この味」と満足して帰ります。それは『完成された料理(レシピ)』と『記憶の中にある味覚に期待する気持ち』の関係で、信頼関係は深まっても、そこからの発展性はありません。

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 サンデー・スパイスのカレーは、いつ食べても、同じ味がしません。それでいて、いつもとびきり美味しいのです。「前回より今回の方が」とかいう、比べられるようなものではなく、いつのカレーも『唯一無二』の美味しさなのです。
 カレーの仕上げに、いつも香辛料をパラパラと振りかけますよね。あの動作を見ていると、「美味しくなれ」と、おまじないをかけてくれているように感じます。そしていつも必ず美味しいのです。口の中だけでなく、自分の体だけでなく、周りの空気もみんな美味しいのです。あのおまじないの様子を見ていると、お皿の中には、いつもおまじないの入りこむ隙間があって、それを美味しく食べる事で、今日の美味しいカレーが完成するように感じます。それは、作り手から食べ手への一方通行ではなく、食べ手が美味しく食べる事で、美味しさが作り手に返される。両者の間を、美味しさがくるくる回っているような状態を感じるのです。本来の美味しさとは、そういうものではないのかな、と思います。
 これは、食べ物に限った事ではありません。美しさは、元来、人が必ず持っているはずの美しさによって形作られ、それを感じられるのは、やはり受け手が持っているはずの美しさによります。美しさと、美しさとが呼応する、その間にあるのが、味覚かも、音楽かも、絵画かも、詩かもわかりません。美しさは、地球や宇宙の回転と同じに、クルクル回ります。

 そんな事を、私は「ひよこ豆のキーマカレー」をいただきながら、考えていました。
 サンデー・スパイスの美味しいカレーのおかげで、またひとつ、自分の扉が開いたように感じます。

 美味しいカレーを、いつもありがとうございます。

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SUNDAY SPICE CURRY  蒲郡市新井町14-33








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# by mixturamusic | 2017-03-31 22:22
こういう国に住んでいる
2017年2月19日東京新聞の朝刊第一面に、
〜『平和に生きる権利』日本、採決反対 
戦争を「人権侵害」と反対する根拠 国連総会で宣言〜
を見つけて仰天した。

外務省の担当者は、
「理念は賛成だが各国で意見が一致しておらず、議論が熟していない。」
と述べたそうだ。

世界中の人たちが当たり前に有する『平和に生きる権利』を認めることに、
どんな議論の、どれほどの成熟が必要なのだろうか?

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同じく3月28日、今度は
〜核兵器禁止条約、不参加を表明 日本、保有国との分断懸念〜
とあった。

日本の軍縮大使の言葉は、
「核保有国が参加しない形で条約を作ることは、
国際社会の分断を一層強め、核兵器のない世界を遠ざける。」
である。

唯一の被爆国である日本の軍縮担当者が、
どうしてこんなにクールな発言ができるのか?

空席となった国連本部の日本代表席には、
白い折り鶴が座る。
もの言わぬ折り鶴の気持ちが、
国の重責を担う人たちには分からないらしい。

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「私たちはこういう国に住んでいる。」

言いたいことは山ほどあるが、
まずはこれを知ることが、
日々の暮らしの上でとても大切だ。

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# by mixturamusic | 2017-03-30 17:15



  木下 尊惇 
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