いのちの美味しさ
先月の最終週 稲刈りをした。

作付けの六割ほどは
イノシシくんや シカさんのおなかに収まったが
今年も稲を ハザに掛けられたこと
秋の風景を つくれたこと
来期もまた 「がんばろう」という気持ちになる。

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「百姓はだれでも
自分の作った米が一番うめぇべ。」

福島の農家さんの言葉どおり
自分のお米が やっぱり いちばん美味しい。

粒は小さくとも
全く雑味がないお米。
適度にねばり
適度に甘く
強いて云えば
山の湧水の味がする。
どこにもひっかかりのない 美味しさだ。
いのちを育む 美味しさだ。

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美味しさは いのちを育む。
人間は本能で 美味しさを感じる。

身体が必要としているものを
いのちが必要としているものを
人間は 美味しいと感じて
それを欲する自然(じねん)を持っている。
味覚という部分的な感覚だけではなく
身心が、いのちが、欲する美味しさである。

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いたずらに 味覚を刺激する
スナック菓子系の「美味しさ」が氾濫し
マスコミ、メディア、タレントの
もっともらしい「美味しさ話」に翻弄され
本来持ち合わせているはずの
真の美味しさに対する感覚を
決して 失わせてはならない。

好き嫌いの以前にある
本来の美味しさを 知ることは
普遍性のある美味しさに 気付くことは
いのちの美味しさを 味わうことは
決して 難しいことではない。
決して 高価なことではない。

美味しさ
それは
とても 幸せなことだ。



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by mixturamusic | 2016-10-27 22:56
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  木下 尊惇 
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