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命に直結した判断
数年来、我が家は毎年手前味噌である。
このところ、自家栽培のお米から麹を育て、
友人の作った大豆で仕込んでいる。

妻から、
水分量とか塩分とか、何か変えてみたい事はあるか聞かれ、
去年と同じでいい、と応えた。

こういう味覚について、自分はかなり寛容だと思う。
ただ「美味しければいい」と思う。
美味しいものに対しては、
極力自分の好みを前に出さないことにしている。

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知らない土地に行って、そこで出された郷土料理が、
自分の口に合わないときには、
自分の味覚には、この新しい美味しさを受け入れるだけの容量がない、
と思う事にしている。
そして出来る事なら、
あと複数回、別の機会に食べてみる。

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ものごとを正しく判断するためには、
普遍的な判断力を磨いておかなければならない。
磨いておくと言うよりも、
ニュートラルな状態にしておくことが好ましい。

人間には、
個人としての好き嫌いが必ずつきまとうので、
ことさらそれを強調するより、
極力それを抑えておいた方が、
より自然な判断ができるはずである。

好き嫌いを優先して判断すると
自分勝手な結果になりやすい。

それでは何を判断の基準にするか……

それは「命と直結しているかどうか」である。

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真の美味しさは、命に直結した美味しさである。
その美味しさは、「ただ美味しい」としか言いようがない。

それは何の分野でも同じこと。
音楽でも絵画でも文学でも。

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フォルクローレは自由な音楽である。
演奏者に、多くの判断が委ねられている。
その判断には、(形式上の約束事を除いて)狭義の正誤は存在しない。
ただ、命に直結しているか否かが問われるのみである。

「私にそんな判断が出来るでしょうか?」
ある生徒さんの問いに、
「日々の暮らしが真っ当であれば、誰にでも正しい判断ができるでしょう。
一人ひとりの判断がそれぞれでも、真っ当な暮らしが反映されていれば、
それはすべて正しい判断だと言えるのです。」
と応えた。

命に直結した判断を、電光石火で下せるように、
日々の暮らしを、美しく調えたいと思う。

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by mixturamusic | 2017-05-07 23:30



  木下 尊惇 
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