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ルーブル美術館にて
この秋、サガルナガ・アソシエーションよりの招きで、ふたたびフランスを訪れた。
今回は事前に少し時間を取り、旧友Roger Sorucoの世話になりながら、数日のパリ滞在を楽しんだ。

25年ぶりのパリ……まずは初めてのルーブル美術館。
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『とても全部は回れないからテーマを決めて…』
と言われてはいたが、実感として理解できず、
『朝一番が最も空いている』
『チケットは事前にネットで買っておいた方が良い』
という情報に従って、とりあえず午前8:30に入口に到着。
朝9:00、荷物検査のゲートを通って無事に入館した。
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………驚愕

こんなにたくさんの作品を一度に見たのは、生まれて初めてである。

恐ろしく広い館内…慣れないものには迷路のような…に、
これも恐ろしく幅の広い分野の『名作』が、
これまた恐ろしいほどに展示してあるのだ。

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『世界美術全集』のページをめくるように、目の前に現れる彫刻・絵画。
それも極近で!

『眼を疑う』とは、正にこのことである。
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知名度の高い作品の周りには、やはりたくさんの人。
それでも鑑賞できないほどではない。

順路が全くない事にも驚かされた。
写真がOKなのにもビックリである。
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『ラ・ジョコンダ/モナ・リザ』の前には、行列ができていた。
しかし…作品を見にきているのか、記念写真を撮りに来ているのか疑問ではある。

私が小学生の頃、この絵が上野の美術館に来たことがあった。
『モナ・リザ』は大きな話題となり、小学生でもみんな知っていた。
『美術館に入るために数時間待ち』
『絵の前では立ち止まれない』とのニュースに、
父が「これでは絵を見る環境とは言えない」と、
展覧会に行くことすら考えていなかった事を思い出した。

初めての『ラ・ジョコンダ』…やっぱり良い絵であった。
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それにしても、膨大な量の作品である。
そして巨大な作品の多いこと…

『一度に全部回れない』どころか
『一生かかっても見切れない』というのが、私の実感である。

また人の少ないスペースも少なからずある。
そんな場所で、ゆっくり椅子に座って時間を過ごすのも幸せである。
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今回はRogerと、ボリビアの歌手Gladysが、ずっと付き合ってくれた。
パリに住んで永い彼らも…
ボリビアからの友人を案内して、時々来るのだそうだ…
ルーブルの全容は把握していない。

次回訪問すれば、もう少しじっくりと見れるだろう。
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あまり人がいない作品の、『表情』を中心に撮ってみた。
以下、どうぞご覧ください。







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# by mixturamusic | 2019-12-04 23:47
三谷祭り
我が故郷、蒲郡・三谷町の『三谷祭り』。
前回訪れたのが何年前だったか忘れるほど、
久しぶりの祭りである。
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三谷町出身者の地縁は実に強い。
同窓生同士の結婚率も高く、
一度外に出ても、やがては三谷に、もしくは蒲郡近辺に戻ってくる連中が多い。
その絆は、やはり『三谷祭り』である。
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子どもの頃から、祭りの土日は格別であった。
四台ある山車(三谷ではヤマと呼ぶ)の上でお囃子を奏でるのは、小中学生である。
成人の踊りのほかに、子どもの踊りも各区にあり、
祭りの二週間前からそれぞれの練習が始まる。

青年と呼ばれる若者たちは、
山車の前で威勢よく祝詞をあげ、花を投げる。
三谷の住人にとって、ごく当たり前の、
しかしとてもワクワクする祭りである。
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老若男女(かつては男性だけの参加であったが)がそれぞれの役割をこなし、
各場面が展開し、演じられる。
その動きは実に活き活きとして心地よい。

久しぶりに祭りに参加して、
説明や呼びかけのアナウンスが一切ないことに気がついた。
三谷祭りは、あくまでも地元の祭りなのである。
江戸時代から、時代の変化によって少しづつ変遷してきた経緯があろうとも、
三谷の人たちによって大切に受け継がれてきた祭りなのである、

健全な伝統の姿‼︎

担い手が心底大切にしている祭りほど、美しいものはない。

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『三谷祭り』には、たくさんの同窓生が戻ってくる。
祭りを歩けば、何人もの友人たちと再会する。
それも『三谷祭り』の楽しみである。

「来年は桟敷に寄ってって!」

嬉しいお誘い、
是非に…と今から楽しみである。
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# by mixturamusic | 2019-11-30 23:28
作曲するということ
サガルナガ講習会の第二週目に
『作曲コンクール』というのがある。

月曜日に作曲を始めて、
アンサンブルの場合には共演者を探し、
木曜日の夜に発表する、というものだ。

一応コンクール形式になっていて、
毎年一位と二位を決めるが、それは言わばご愛嬌。
今年も17曲が新たに発表された。
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私も昨年に続き参加した。
昨年の曲は『Pas de Moisdon』
『モワドンの歩み』という新たな形式を提案した。

今年の曲は『À l'ombre du pommier~リンゴの樹の木陰で』
ボリビアのポルカの曲である。

ポルカという形式を選んだのは…
その日の午前中の講習で、カルナバリートとポルカの違いを教材にしたこと。
そして、それにたくさんの質問が寄せられたこと。
作曲コンクールで、創意工夫を凝らせ過ぎた曲が多い中、
メロディーの美しさを問う曲にしたかったこと。

共演者には、クロアチアから始めて参加したケーナのZRINKAと、
ボリビア生まれのフランス人、バイオリンのMAGALIにお願いをした。
この二人の音色が、この曲のメロディーにピッタリときたからである。
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演奏順は任意のくじ引きである。

今年の一曲目は、ANTOINEの『Aire, fuego, agua y tierra』
『空気、炎、水、そして大地』

・・・・
昨年彼はアルゼンチン・サンバの曲を発表した。
月曜日から熱心に曲を作り始め、
何度も、何度も助言を求められた。
CESAR DOMINGUEZと共に、本番でのサポートも引き受けた。

昨年のANTOINEは、懸命に『新しい曲』を『作る』ことをしていた。
形式を選び、今までに彼が聞いたことのない音を探すために、彷徨っていた。

演奏後、「マエストロ、如何でしたか?」という彼の問いに、
「きれいなメロディーができたね。でもちょっと複雑すぎるかな?」

これをCESARが覚えていた…

C.「今年のANTOINEの曲、素晴らしかったね。」
T.「うん、曲にも演奏にも、とても感動したよ。」
今年の作曲コンクール翌日の、お昼ご飯でのCesyとの会話…

今年はコンクール前日に、ANTOINEに詩を見せられた。
「これをどう思いますか?」

『Aire, fuego, agua y tierra』…
6月に見送ったばかりの亡き父に贈る言葉が、スペイン語で連ねられている。
美しい、シンプルな詩である。

「言うことないよ、ANTOINE…」
「ここにどんなメロディーを重ねようとも、良いものが生まれるに決まっている。」

JEANとMICHELEを共演者に選んだ演奏は…真に素晴らしかった。
淡々とした演奏、そして歌。
ANTOINEの心が、魂が解放された瞬間である。

「ANTOINE、おめでとう!とても良かったよ‼︎」

その夜、とても陽気に嬉しそうにはしゃいでいたANTOINEの姿が、
全てを物語っている。
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作曲という行為は、自分を鏡に映すことでもある。
自分の内面を鏡に映すことは恐ろしい。
自分を映す鏡があれば、
そして自分をそこに映す覚悟があれば、
誰にでも作曲はできる。

新たなメロディーを探すことは、
作曲のほんの一部分にしか過ぎない。
メロディーや技法を単に弄んだものには、
何ら魅力を感じない。

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作曲という行為は、
生命を削りながら
生命を昇華させる行為である。


こうして生まれた曲たちは、
生まれたその時から
自らの足で歩き始める。



# by mixturamusic | 2019-09-07 11:41
サガルナガ・アソシエーション夏季講習2019
今年もサガルナガ・アソシエーションの夏季講習に、講師として招いていただいた。

14日間にわたるこの講習会は、第一週と第二週に分かれていて…
第一週には、より多くの初心者が、学ぶことを目的に参加する。
第二週では、演奏経験者たちが、演奏を楽しむために参加する。
これはあくまで一応の方針で、第一週にも有志たちによる毎晩の演奏があり、
第二週にも毎朝のワークショップがあり、
週をまたいで参加する人たちも少なからずいる。

初めて参加した昨年の経験踏まえて、今年はいろいろ考えて参加した。
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まずは課題曲の選考。
ケーナ、サンポーニャ、チャランゴ、ギター、バイオリンを
それぞれのセクションに分け、
そこに子どもたちの参加、不参加を加味しながら、課題曲を選考する。
最初に送られてきた案が20曲以上…そこからさらに絞り込み、
そこから他のいくつかの曲も提案して、最終的に12曲を設定した。

目標は、それぞれの週の金曜日に、参加者全員で合奏を披露することである。
過去に彼らが取り上げていたレパートリーも含まれるが、
12曲を五日間で、50人以上の合奏に仕立てる‼︎…かなりの仕事である。

昨年は私の曲の中から『JALLALLA TIHUNACU』を課題曲の一つとしたが、
今年は「日本語の歌を覚えたい」という彼らの希望もあり、
『夢よ、未来よ、思い出よ、希望よ…』を選んだ。
日本語の歌…さらにハードルが高くなった…

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楽器別の練習は毎朝10時から。
まず私はギター・セクションを担当する。
会場はテントの中である。

年齢も経験も様々な約20名…
ボリビアから講師として招待されたMaurisioも、生徒然として座っている。
ジュネーブから参加、マヌッシュ・ギターの名手Oliverもいる。
フォルクローレはまるっきり初めての参加者、セオリーが得意な参加者、
かつてはフォルクローレの演奏家として活躍していた左利きのNimbus…
いつもはサガルナガのギターをリードするHerveに通訳をお願いして
レッスンを始めた。
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私のレッスンの軸は…
日本でもそうしているが…

『フォルクローレは自由な音楽である』ことを前提に
私の弾く方法は、ひとつの例に過ぎないことを伝え、
生徒さん自身に考えてもらうこと。

自由に考えてもらうためのルールがいくつかあること。
そのルールは頭で理解するだけではなく、
体得すべき性質のものであること。

自由に考える…イメージするときには、
極めて自由、かつ具体的であること。
そのイメージをどう音に再現しようかと考えないこと…
などなど。

それらを、実演を交えて伝えてゆく。
課題曲は、それらを伝えるための教材である。
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『自分で考える』
『自由にイメージする』
これらに戸惑いを感じることは、昨年の経験で分かっていた。
しかし比喩を駆使しながら…時にはフランス語を交えて…話すことに、
全員真剣に耳を傾けてくれる。
そして二日目からは、いろいろな意見を言ってくれるようにもなった。

守るべきルールや、
フォルクローレ特有のセオリーには、
必ず動作や、実例を交えて解説する。
他ジャンルの得意な人たちには…
彼らの得意そうな技を使った音の被せ方を紹介する。

ボリビア各地の音楽形式、リズムの違いは、
歴史や、生活様式の違い(農村と都会の違いなど)を解説しながら説明する。
もちろん動作や実演を交えながら。
セオリー好きには理論的解説も欠かせない。

レッスンの評判を聞きつけて、
参加者や聴講者が日増しに増えてゆく。

時にはチャランゴやバイオリンのセクションがやって来て
一緒に音を合わせる事も増えてきた。
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午後1時ごろから、お昼ご飯が始まる2時半過ぎまで合同練習。
天気が良ければ外で、
雨の心配があれば大きなテントの中で。
課題曲のいくつかを選んで、全ての楽器が集まっての練習である。

ここはそれぞれのセクションに、気がついたことを伝える機会でもある。

メロディーの取り間違えについては、徹底的に修正した。
元のメロディーと、個々の演奏家のアーティキュレーションによる変化の違い。
アレンジと、勝手にメロディーを動かしてしまう事の違い。
繰り返しの意味と必要性。
そして…
曲終わりを呼吸で揃えること。
リズムの跳ね方…などなど。

ギブスで腕を釣っているのは、ボリビアからのもう一人の講師Carlos Andrade。
気の毒にも、フランスに着いてから骨折した…。
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午後はそれぞれの自由練習時間。
多くの人たちは仲間を募って、夜のペーニャのための練習をする。
誰と組んで、何をやろうと自由である。
また5時から7時まで、Nando(Oruro出身)とLaurenceの踊りのクラスがある。

………………
今回私が心がけたことの一つに、『初心者との共演』というのがある。
夜のペーニャでは、演奏達者な人たちの独壇場となりやすい。
腕に自信のある人たちが、日ごろ組めない人たちを誘って、やりたい曲を披露する…
…私も昨年は、毎日がその誘いに忙しかった…
これもこの講習会の楽しみの一つではあるが、
演奏初心者には、なかなか声が掛からないのも事実である。

「今晩一緒に演奏しない?」
私が誘うと、最初はビクッとしながらも、
「うん、ぜひに‼︎」
フランス人は積極的である。
彼らが出来ることを見極めて、演奏する曲を決めて練習する。
練習とは言っても、個人レッスンのようなものである。
その日の夜にやるか、次の日にするか…
それはそれぞれの出来具合と、彼らの意思に任せる。

二週間で、8人の若者たちと共演できた。
終わった後の笑顔は、本当に輝かしい。
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ペーニャでみんなが演奏を楽しんだあと、夜の合同練習が始まる。
もう夜の11時過ぎである。

基本はJeanの指示で、次から次へと練習の出来た課題曲をさらう。
同じ曲を繰り返すことはしない。
本番さながらの練習である。

金曜日の夜、招待客を招いてのコンサートでは、
合同練習の成果と、有志たちによる演奏で48曲!!!!!
日付が変わっても、なかなか熱気はおさまらない。
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今年の講習では、昨年より多くのことを伝えることができたと思う。

ギターのリーダーHerveは、時々通訳も忘れ、私の伝えることを繰り返し練習し、
今までほとんどレッスンに出ることのなかったベテラン陣がほぼ皆勤。
講師として参加したMauricioは、講習のあとに個別の質問を繰り返し、
第二週目から参加したCesar Dominnguez(Alfredo Dominnguezの息子)も、
毎日講習に通ってきた。

何よりも実感できるのは、
毎回の合同練習での音の変化である。
技術の向上よりも、音のまとまりと柔らかさが日に日に増してくる。
息の合った活力が、どんどん強くなってゆく。

演奏が音楽中心になってゆく実体験…
それが音楽の存在意義でもある。

今回も良い体験をさせてもらった。
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課題曲
PAPEL DE PLATA -huayño- (trad.)
MOTO MENDEZ -cueca- (Recp. N.Soruco)
SAYA DE LOS NEGRITOS -tundiqui- (A.Dominguez)
EL SALTARIN -chuntunqui- (E.Cavour)
TRANQUILIZATE -taquirari- (G.Rojas-S.Rocha)
TUS OJOS Y EL MAR (E.Boisdron)
MERCADO DE TESTACCIO -Tarantera- (H.Salinas)
LA PARTIDA -vals venezolano- (H.Cuatromanos)
EL PARAISO -auqui au qui- (J.Vidaillac)
WIPHALA -huayño sicuri- (trad.)
ARUMA -motivo- (F.Jimenez)
夢よ、未来よ、想い出よ、希望よ… -kantu huayño- (T.Kinoshita)





# by mixturamusic | 2019-09-02 17:09
本能の美
民藝運動の祖柳宗悦は、もともと宗教学者である。
若き頃はキリスト教を、のちに仏教を深く学んだ。
より良い社会の実現を志す眼から、民衆工藝の美しさを見出し、
大無量寿経の願文より『美の法門』をうちたてた。

『用の美』....暮らしの中の必要性が産み出した美。
言い換えれば、暮らしの中の『必要』は、常に絶対美を伴う...ということ。
さらに言い換えれば、『いのちの美』『本能の美』とも言えるだろう。
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・・・・・
ある光景を思い出す。
会津三島町の工人まつりで.....

今や名高い会津三島町の『山葡萄籠』は、
地元の人たちが秋にキノコを収穫するために使っていた。
地元の山中で取れる山葡萄の蔓で、地元の名人たちが農閑期に編んでいたもの。
編み目が荒く、収穫したキノコや山菜の胞子が編み目から地面に落ち、
翌年以降もキノコや山菜が育つ…という仕組みだ。
太い蔓は太いなりに、
曲がった蔓は曲がったなりに、
それが特有の造形美を形作る…まさに『無作為の美』。

ここ数年、その魅力が広く知れ渡ると、
行商人が『山葡萄籠』を買い漁りに来るようになったと言う。
限られた原材料に、限られた職人。
瞬く間に価格は高騰した。
それに危機感を抱いた会津三島町が『山葡萄籠』を一括管理して、
年に一度、一般向けに売り出すのが『工人まつり』である。

森の中に張られたテントをブースに、何人もの職人さんたちが店を出す。
平等に購入機会を…ということで、イベント・オープンの合図があるまで売買禁止。
合図の前からお目当の店の前に群がる人、人、人…。
驚くことに最前列の何人かは、もうすでにいくつもの籠の持ち手に腕を通している。
「ハイどうぞ」の合図とともに、大方の籠は売れてしまうのだ。
そんなことをする人のほとんどが妙齢の女性。
その出で立ちは、『ザ・民藝』とでも言おうか…
これ見よがしにも見えるほど、手織りや手染めの『高級品』を纏っている。

高級ブランド化した民藝に、
腕からいくつもぶら下げられた山葡萄籠に、
柳宗悦の心は、その面影さえ認められない。
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民藝は『有名』になり過ぎてしまった。
柳の心を置き去りに、
『民藝』自体が、名声の道を歩かされるようになってしまった。
これほど追い立てられれば、『民藝の心』など語っている時間もなかろう。

宗教学者としての、そして宗教家としての柳宗悦の心を、
どれほどの人が知っているだろうか?
どれほどの人が関心を持っているだろうか?
どれほどの人が理解しているだろうか?

本来民藝は寡黙なはず。
本来民藝は無名のはず。
本来民藝は大金と無縁のはずである。

有名は『毒』を併せ持つ。
名声からは『猛毒』が生じる。
それらが『もの』の姿を醜くする。
それらが『もの』を『美』から遠ざけることを、
『本能の美』から乖離していくことを、柳宗悦は発見したのである。
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・・・・・
ボリビアはいまバブルである。
どこへ行っても、ビルの建築は盛んで、車の数もどんどん増えている。
商業施設も、レストランも増え、
物価も上昇して…
お金が回れば、収入も増える。

多くの人たちはそれを『発展』と呼ぶ。
大気汚染、水質汚染、自然破壊、自給率低下、貧困、格差、治安悪化…
そうしたものが目の前に表れたとしても、
多くの人たちは『発展』を望む。
際限のない発展などあり得ないことには目をつむり、
ただただ『発展』の名で、現状を肯定する。

ーそれは何もボリビアにかぎったことではないが…
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現在のボリビアの音楽状況は最悪だ。
いわゆる売れているものの、どこを取っても美しさの欠片すらない。
フォルクローレの楽器を使ってはいても、それは音の素材としか聞こえない。
ボリビアのリズムを使ってはいても、それらは興奮剤としての役割だけ。
メロディは耳心地の良さだけを抽出し、
歌詞に至っては…言葉がないほどに劣悪である。
そしてどれを聞いても同じ響きがする。

「まともなコンサートには人が入らない…」
多くの同僚音楽家たちから、何度この言葉を聞いたことか。
「酔いが回って踊りまくれればいいんだ。」
「一発ヒットすればもう安泰さ。」
「彼らのギャラはビックリするくらい高いんだぜ!」

そう!驚くべきことに、今のボリビアでは音楽で『稼げる』のだ!
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ペーニャ・ナイラ時代の同僚と、またそんな話になった。

「俺たちがペーニャで音楽をやっていた頃って稼げたか?」
「いや全然。せいぜい交通費の足しになったくらいかな…」
「だからみんな一生懸命にやったんだと思わないか?」
「・・・・・・・・」
「みんなお金にはならない事をよくよく承知の上で、音楽に情熱を傾けていた。」
「純粋に音楽を愛するヤツらだけが、愛情だけで音楽をやっていたんだ。」
「だから全てのグループに特色があったし、力もあった。」
「もちろん上手い下手はあったし、売れた売れないもあったさ。」
「でもそれは付録のようなもの。」
「みんな私生活を犠牲にしてまで、音楽に愛情を注いでいたんだ。」

「今は音楽で稼げる。音楽で金儲けができるんだ。」
「一発ヒットを飛ばせば、大金と名声が転がり込んでくる。」
「だから売れるかもしれないものばかりを作ろうとする。」
「音楽に対する愛なんてこれっぽっちもない連中が、
 金と名声のために音楽のようなものを作っている。」
「それではどんどん腐敗していくのが当然だ!」

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柳宗悦が夢見た『美による理想社会の実現』。
まだまだ道のりは遠いようだが、私も必ず行き着けると信じている。

本能を信じること。
本能を曇らせないこと。
体制というものに惑わされないこと。
名声の偽りに毒されないこと。
お金の魔力に拐かされないこと。

レコーディングは出来なかったが、
自分たちのすべき仕事が明確になったことは
大きな収穫であった。
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# by mixturamusic | 2019-07-25 16:01



  木下 尊惇 
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