美の担手
美(び)は特別なものではない。
誰しもが 美の担手になれる。

人間の本質に沿った行為には
つねに美が伴うものだ。
言い方を変えれば
美に寄り添う行為が
人間の本質的な営みである。

森羅万象の織りなす景色に
美を伴わないものが
ひとつでもあろうか?

人々の暮らしの中の
本質的な営みから生じる事物は
かならず美を伴っている。

暮らしの中の本質的な営みは
森羅万象の一部である。

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宇宙の営みに
好き嫌いは存在しない。
何かの作用によって
循環しているのみである。

その何かを
天と言い
神と言い
その作用を
自然(じねん)と言った。

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自然(じねん)によって生じた人間の生命を
自然(じねん)に従って営めば
それはそのまま 森羅万象の姿である。
それはそのまま 宇宙の営みと同じである。

宇宙の営みが 好嫌を区別しないように
美も その担手を選ばない。

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自然(じねん)を離れた 人間の
損得勘定で設定された 偽りの
価値観に惑わされぬよう、
森羅万象から溢れる
無辺の美に交わる暮らしを実践すれば、
誰でも美の担手になれるのだ。


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by mixturamusic | 2016-09-17 16:05
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  木下 尊惇 
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