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EL ALTOとCHIJINI
地盤が弱く、坂道だらけのラパスでは、
ロープウェイが重要な交通手段となっている。
数年前に北欧からの技術で導入されて以来、今や9路線。
地下鉄さながらの路線網である。
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街の『上空を走る』ロープウェイからは、ラパスの絶景が楽しめる。

全ての路線に乗ってみた。

RIO SECO(水無川)...かつてのEL ALTOの『出口』である。
農村然とした風景だったはずが.....
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驚くほどの家の建ちかた....
それも奇妙な形をしたビルが、無闇矢鱈と増えている。
ロープウェイの駅を出て少し歩いてみると
人、人、人....車、車、車....
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・・・・・・
EL ALTOに上るロープウェイの窓から、
こんな写真を撮ってみた。
私にとっては、ラパスの街を象徴するような美しい風景。
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フェイスブックにアップすると、ボリビアの人たちから、
実にいろいろな反応があった。
「美しい」「懐かしい」「凄い」という声。
「醜い」「酷い」「恥ずかしい」という声。

圧倒的に前者の方が多いが、後者も少なくはない。
『美しさ』というものに対しての見方の違いが、ハッキリと表れた。

『美しさ』の根源は、生命(いのち)の美しさである。
真の美しさは、日々の暮らしの中にこそ存在する。
その懸命な暮らしの美の姿を、私にはこの風景から強く感じるのだが…。
............
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かつて暮らしていたChijini地区。
多くの人が『レッドゾーン』だと言う。
しかし私には、ラパスで一番落ち着く場所。

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歩いていると、たくさんの懐かしい顔に声をかけられる。
「Joven! A donde te haz perdido!?」
(ねえ!どこに行ってたの!!?)
懐かしい匂い。懐かしい音。

美しさと優しさがいっぱいのChijiniである。
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# by mixturamusic | 2019-07-24 11:49
La Paz...Ciudad del cielo!!! 空の街...ラパス!!!
約三週間のボリビア滞在....

何にしくじったのか.....
今回はずっと体調が悪かった。
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エル・アルト空港で2時間半の高山病に耐え、朝一の便でコチャバンバへ。
頭痛と息苦しさの中、同じ飛行機に乗る30年ぶりの友人に会った。

コチャバンバ.....
ラパスに比べ、標高が1,000mほど低いので、ずいぶん楽である。
心配していた寒さも、コチャバンバでは無関係である。
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我がルス・デル・アンデの歌手Chelo Ariasの家でお世話になった。
レコーディング予定の新曲二つの詩を、二人で完成させた。
世界文学にも造詣が深いCheloくん、曲のイメージを伝えると、
庭をうろうろ歩きながら、スルスルとフレーズが流れてくる。

「直接対面して仕事がしたい。」

Cheloの希望もあってのコチャバンバ滞在。
彼は現在、スペイン語の俳句を勉強中である。
心地の良い共同作業ができた。
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ある程度覚悟をしてのラパス入り。
Mate de Cocaを飲んで、呼吸を整えて機内へと。
コチャバンバ〜ラパスはたった25分の飛行である。
眼下にイリマニ山を見ながら、
あっという間に標高4,000mの滑走路に着陸する。
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数年前に建て替えられたエル・アルト空港。
出入国審査も通関もスムーズにはなったが
広くなった分、歩く距離も長くなった。
高山病には、ちょっとした距離、ちょっとした傾斜がきついのだ。

でも.....
覚悟をしていたような高山病の症状が出ない。
少し頭がフラつくだけで、普通に歩けるのだ。
タクシーに乗り、Mira Flores地区へと向かう。
街はちょうどGran Poderの祭り当日。
交通規制もあり、かなり混雑している。
本当は...祭りのentradaも見たかった。
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急に体調が悪くなったのは、この二日後...
おそらく着いてすぐの体調がよかったので、
身体をいたわることを怠ったのであろう。

「高山病を拗らせると、よけいにひどいから…」
かねてから聞いていたことだ。

結局、帰るまで調子は戻らなかった。
友人たちに話すと
「年のせい?」
と笑われる。
しかしそればかりとは思えない...
やはり高山病を拗らせたのだと思う。
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予定していたレコーディングは先送りにした。
しかしそれも良い。
今回は、ルス・デル・アンデのメンバーとも、
たくさんの友人たちとも、ゆっくり話ができた。

いま私が、私たちがやろうとしている仕事には、
より良い熟成期間を与えてもらったと思っている。

ラパス...高山病になろうとも、やっぱり私の第二の故郷である。
VIVA La Paz !!!!
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# by mixturamusic | 2019-07-24 09:13
小さくとも実のある『うず』…舞台挨拶より
(Concierto EL ECO DE LOS ANDES vol.26での舞台挨拶より)

足利市立美術館で、明日(6月2日)までやっている展覧会をご存知ですか?
『世界を変える美しい本』と題された、インドのタラブックスという出版社の展覧会です。
タラブックスは、インドの伝統的な絵画作家に依頼した多くの絵本をハンドメイドで製作している小さな出版社で、現在世界中から注目されています。
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一見幸せそうに見える社会には、たくさんの不幸せが混在しています。
その不幸せの質も、ますます深く、大きく、悲惨になっているように感じます。

それに対して、世界中でさまざまな活動が生まれています。
これらは『このままでは未来が成り立たない』と直感する、人間本来の能力『本能』の反応だと思います。
とても小さな行為に見えるそれらの活動の誕生も、やがて周りを巻き込み、小さいながらも、しっかりとした実のある『うず』を巻き始めます。
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『世界平和』を目標としたロス・クアトロ・ペスカドーレスのコンサートも26周年。足利で、確実な足跡を残していると思います。
今年もそんなコンサートの一助となれました事、心より嬉しく思っています。

みなさん、どうもありがとうございました。
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2019.6.1.足利市民プラザホールにて

# by mixturamusic | 2019-06-06 23:05
美しさということ
しばしば『美しさ』ということを考える。

身の回りには美しさが溢れている。
自然の織りなす美しさはもとより
虫や動物たちの仕草や造形
人の手による造作、そして芸術…

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ただ空の色を見れば
なんて美しいんだろうと思う。
海の波を見ても、
川の流れを見ても、
なんて美しいんだろうと思う。
山を見ても、森を見ても
花を見ても、虫を見ても
ただただ美しいと思う。

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『美しい』と感じるとはどういうことか?
『美しい』とはなんであろうか?

子供の頃、よく考えた。
『人が美しいと思うから美しいのか?
 美しいから人が美しいと思うのか?』

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美しい音
美しい仕草
美しい味
美しい思い出
美しい夢…
たくさんの美しさ…
我が身近くにあってほしいと思う。

人は近くにありたいと感じるものに美しさを見出す。
知識も理屈も必要ない。
ただ美しさを感じる。

人が近くにありたいと感じるのは
生命の持続に資するからである。
未来への肯定を感ずるゆえに
近くにありたいと思うのである。

美しいと感ずるのは
生命を肯定する本能である。
未来を持続するための本能である。

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人は美しくないものをたくさん作ってきてしまった。
生命を否定し、未来を閉ざすものたちを
たくさん、たくさん作ってきてしまった。

美しいフリをして、美しくないものに満たされた贋い物。
これがとても厄介である。

本物の美しさは
身の回りに溢れている。
周りを見渡せば
美しさに満ちている

本能としての感性を曇らせてはならない。
安易な美しさのフリに流されてはならない。
実体のない偽りの美しさに騙されてはならない。

普遍的な美しさは、一瞬にして、誰にでも感じることができる。
それは、生命の存在そのものが、普遍的な美しさだからである。

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# by mixturamusic | 2019-05-30 20:18
協調と妥協と惰協
人間は社会性を持った生き物である。
どんなに孤独を好んでも
どこかで社会に関わりを持たねば
生きて行けない。

国、コミュニティ、団体、組織、会社…そして家族。
すべて社会のカタチである。

歴史の上で人間は、
社会に枠を作り、決まりを作り、
…やがて『社会』に忠実な人間を育て
条件を課し、制限を設け、
忠誠を求め、犠牲を強いて…
社会の外枠を守ってきた。
…たくさんの悲劇を伴いながら。

しかし…本来社会は個のためにあるのであって
決して個が社会のためにあるのではない。
社会化は、個々の生命がより良い天寿を全うするための『本能」である。
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社会では協調性が求められる。
社会化の本能を、より良く保つための『協調』である。

『協調』のためには
ときに『妥協』も必要である。

しかしながら現代では…
社会での『妥協』ならぬ『惰協』が横行している。

社会的組織を守るための惰協。
既得権益を守るための惰協。
個人的地位を守るための惰協。
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物事を速く進めるために…
より多くの利益を得るために…
嫌われたくないがために…
さまざまな『惰協』は
『オトナの判断』という名で呼ばれたりもする…
いや、重宝がられたりもする。

妥協は、社会のために我慢が必要なときにされるべきだが
惰協は、個人のための不利益を避けるときに行使される。

社会化の本能にまっすぐ向き合い
より良い社会の実現を目指すためには
惰協の悪しき慣習を、即刻止めるべきである。
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# by mixturamusic | 2019-04-25 17:20



  木下 尊惇 
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