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暮らしの中の美しさ
約3週間のフランス。
何かにつけて楽しく、充実した毎日だった。

500年も前に建てられた、石造りの農家に寝起きし
やはり同じ古さの粉挽き小屋とその周りで音楽三昧…
ほとんどモワドン=ラ=リベールを動くことはなかったが、
それでも、いくつかの街を訪れる機会があった。
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どこへ行っても美しい。
どちらを向いても美しい。
……正直な感想である。
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街並みも、街灯も、生垣も、扉も、
何を見ても、そこに美しさがある。
美しさが、街を形作っている。
美しさによって、暮らしが営まれている。
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美しさを保つためには、それなりの労力が必要である。
その前に、美しさへの正当な意識が必要である。
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美しさを日常的に、当たり前に体験していれば
それが美意識に対する基準になる。
フランスでは、それをまざまざと見せつけられた。
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小さな町の庁舎の生垣に植えられた花々。
決して華奢ではなく、神経質でもなく、気取ってもいない。
当たり前の美しさ…
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『暮らしの中に美しさをもとめて』
9月11日近江楽堂でお待ちしています。
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# by mixturamusic | 2018-09-03 22:57
伝統的な意匠
伝統的な意匠が、文化の象徴として扱われることが多い。

例えば、藍染の色も、それによって染められた文様も、
日本の伝統色・伝統文様として扱われる。
例えば、アンデスのポンチョやアワイヨに織り込まれた文様も、然りである。
それらの『象徴』は、
切り取られたり、デザイン化されたりして、
多くの人たちの目に触れる。

・・・・・・

本来、伝統的な意匠は、人々の暮らしの中で、
必然的に生じた『姿』である。
日々の暮らしが生み出した、必然の美しさである。

そこには、人々の生命(いのち)が込められている。
無意識の、必然の…。
生命の、奥深いところから、
自ら、静かに輝く美しさである。

音楽もまた然り。

それらを軽く、弄んではならない。
それは、生命への冒涜ですらある。

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# by mixturamusic | 2018-08-05 15:27
ゴツゴツとした手
マイアミからラパスに向かう機内で、白人ご夫妻と席が横並びになった。

おそらく80歳近いと思われるお二人は、離陸後も、
話すこともなく、笑うこともなく、
映画を観ることも、音楽を聴くこともなく、
シートベルトを締めたまま、背筋を伸ばし、
真っ直ぐ前を向いて座っていた。

機内サービスが始まる。
通路側の私が、窓際に座ったMr.にドリンクを手渡すと、
初めて笑顔で「Thank you」…その時、
コップを持ったMr.の手を見て、キュンと胸が熱くなった。
節くれだったゴツゴツとした手。
紛れもなく農夫の手である。
無意識にMrs.の手に目が行くと、こちらも節々がしっかりとした大きな手である。

アメリカの農地を、私は知らない。
作物も、農法も、農機具も。
しかし、長年土と共に働いてきた手は、決して嘘をつかない。
不意にその手を見て胸が熱くなる自分を、幸せだな…と思った。

トルストイの『イワンのばか』の最後に、
『どんな人でも手のゴツゴツした人は、食事のテーブルにつけるが、
そうでない人はどんな人でも、他の人の食べ残しを食べなければならない』
というイワンの国のならわしが出てくる。

真っ先にテーブルに案内されるべき老夫婦。
昨年のボリビア行きの、小さな…しかし時々思い出す、大切な記憶のひとつである。
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# by mixturamusic | 2018-05-31 14:04
高柴デコ屋敷・春の宴
宴の日の朝、午前9時にデコ屋敷を尋ねると、
橋下廣司さんは、いつもの仕事場で、木型に和紙を張っていた。
「アーどうもー、桜はもう散っちまったもんで、今日は家の中でやろうと思って。」
私たちを見つけると、いつものようにニコニコと話しかけてくれた。

いつもと変わらぬ日常。

例年のように、ツバメたちが帰ってきて、屋敷の梁に巣を掛けている。

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「ばあちゃんはね、毎朝5時からここでこうしてペッタンペッタンやってるの。」
昨年97歳で大往生された橋本アサさんの声を思い出す。
木型に紙を張り続けた手は、大きく温かかった。

江戸時代から続く日常。
詳細は変われども、本柱は変わらない。

高柴にあるデコ屋敷は四件。
みんな本家から分かれた親戚だそうだ。

いつだったか、廣司さんが当家の歴史を話してくれたことがある。

本家から分家した経緯や、
跡継ぎが途絶えそうになったこと、
昔と今の仕事内容の違い…

時に、江戸時代に作られた木簡やデコを見せてくださることもある。
「おら、なかなかこんな風にはできねーんだなぁ。」
「どういうわけか、昔のものの方が生き生きとしてな。」

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「おら、子どもの時からこの桜を見て育ったもんで、
桜に育ててもらったような気さえしています。」

「桜の根っこは、もしかしたらこの屋敷の下まできているんじゃねえかと。
花は花だけで咲くんじゃねくて、根っこが栄養を吸った姿なんだなぁ。」

「こっちから桜を見るように、この世の中を、いつも一番下から眺めて、
そうすると、全部がきれいに見える。
そんなことをひょっとこさんから教えてもらっています。」

「今まで、黙ってやって来たども、
70過ぎてからは、いろいろ伝えねばと思って、口を開くようにしています。」
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浪江、富岡のひょっとこ連の方々が集まり、今年の宴が始まった。

演奏も即興、踊りも即興。

「ところで廣司さん、どうやって木下さんと知り合ったんだぁ?」
「私は廣司さんの大ファンで…」
「いやー、十五、六年前から、木下さんは夕方にフラッとやって来て、だまーって人形さ見て帰るんだ。」
「奧さんとはいろいろ喋ったけども、ずっと黙って人形さ見てくんだ。」

実際に、初めて私たちがデコ屋敷を訪ねたのは7年前。
それから幾度となく伺っている。
廣司さんの錯覚は本当に嬉しい。
私たちも、もっとずっと前からのお付き合いだと感じている。

「あのー箏のねーちゃんは?」
「今年はスエーデンに行くって聞いていますよ。」
「そりゃ、すごいな!」
「来春はまた一緒にきますね。」
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宴の最中、仕事場では18代目の将司くんが絵付けをしていた。
デコ屋敷の日常は続いてゆく。



# by mixturamusic | 2018-04-28 11:26
色ソメツ、心ソメツ
故郷蒲郡への道すがら、
藤枝のギャラリー侘助に、個展初日の山内武志さんを訪ねた。

「これから蒲郡ですか? それとも今からお帰り?」
少し驚いた顔をしながら、いつものように温かく迎えて下さった。
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山内さんの作品は、どれも温もりが溢れている。

「染め物はね、気持ちさえあれば誰にでもできる仕事なんですよ。」
「僕がそんなこと言うと『技術を馬鹿にするのか!』ってすぐに叱られちゃう。」
「でもね、昔から決まったことを、ただその通りにやっているだけだから…お箸だって昔の人が考えて教えてくれたから、当たり前に使えているわけで、染め物だって、自分が新たに考えたことなんて、そう滅多にはないですよ。」
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若かりし日の山内さんは、家業の染物屋の仕事を覚えながら、型染めの人間国宝・故芹沢銈介氏の工房に入り修行、晩年の芹沢氏が、最も頼りにしていた弟子のひとりである。

「それでもね、いつまでこの仕事が続くか…」
「昔からの材料がもう手に入らない。染料も、脱脂した糠も、突然手に入らなくなるんだよ。」
「なくなる事が分かっていれば、二生分くらいは買っといたんだけどなぁ。」
「まぁそのうち、江戸時代みたいに、グレイと茶色だけになっちゃっても面白いんだけどね。」
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浜松の工房に伺うと、山内さんは必ず働いている。

「今日もこれから帰って、ちょっとやっておかなきゃいけない仕事があってね。」
「明日は晴れるから、今日のうちにやっておけば、朝までには乾くでしょ?」

全ての工程を、ひとり手作業でこなされる山内さん。

師・芹沢銈介の心が、山内武志さんの命に生きている。
柳宗悦の心偈(こころうた)『色ソメツ、心ソメツ』が、
山内さんの仕事に生きている。






# by mixturamusic | 2018-03-25 00:15



  木下 尊惇 
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